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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1971号 判決 1982年12月17日

控訴人 新井春二

右訴訟代理人弁護士 長池勇

被控訴人 江本晴美

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

控訴棄却

第二主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠関係は、当審において控訴人が次のとおり主張したほか、原判決の事実摘示中控訴人と被控訴人とに関する部分と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

控訴人は昭和五二年五月、原判決添付別紙約束手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)の振出人である訴外株式会社林土木(以下「訴外会社」という。)に対し右手形金請求の訴えを神戸地方裁判所尼崎支部へ提起し(同庁昭和五二年(手ワ)第七三号事件)、昭和五三年三月一〇日同裁判所支部において控訴人勝訴の仮執行宣言付手形判決が言渡され、訴外会社は同月二七日右判決に対し異議を申立てた(同庁昭和五三年(ワ)第一四二号事件)。右訴訟係属中の昭和五五年五月末頃、訴外会社は、控訴人が裏書の連続する本件手形を所持しており、同会社に対し右手形金の支払を命ずる前記仮執行宣言付手形判決も言渡されているため、控訴人が本件手形の正当な所持人であって右手形上の権利を有する者であると信じ、手形の引渡しを受けるのと引換えに控訴人に本件手形金を支払った。

右の事実によれば、仮に被控訴人が本件手形上の権利を有していたとしても、右権利は前記支払により消滅した。

理由

一1  《証拠省略》によると、訴外会社が被控訴人に本件手形を振出し交付したことが認められる。そして、その後に控訴人が本件手形を所持していたことは当事者間に争いがない。

2  被控訴人は前記当審における控訴人の主張を記載した準備書面の送達および適式の呼出を受けながら、右準備書面送達後の本件口頭弁論期日に出頭せず、控訴人の右主張事実を明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

3  控訴人は、右によれば、仮に被控訴人が本件手形上の権利を有していたとしても、右権利は控訴人主張の手形金の支払により消滅したと主張するので、判断する。

手形法四〇条三項は、満期当日と支払呈示期間内(同法三八条一項)の支払のみならず、右期間経過後の支払についても適用がある。そして同法四〇条三項にいう「悪意」とは単に所持人が無権利者であることを知っているだけでなく、所持人が無権利者であることを容易かつ確実に立証しうる証拠方法があることを知っていながら手形金の支払を拒まないことをいうと解すべきであり、また、「重大ナル過失」とは右の事実(所持人が無権利者でありこのことを容易かつ確実に証明しうること)を知らなかったことないしは所持人が無権利者であることを知ってはいてもこれを容易かつ確実に証明しうる証拠方法の存在することを知らなかったことについて重大な過失があることをいうと解するのが相当であり、その主張・立証責任は裏書の連続する手形につきなされた手形金の支払が右にいう「悪意・重過失」による支払に該当するとして同項の適用による手形金支払者の免責を否定する者にあると解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、裏書の連続する手形の所持人は手形法一六条一項により適法な権利者と推定されるから、手形債務者は、満期以後に裏書の連続する手形の所持人からの手形金の請求を拒むためには、その所持人が無権利者であることを証明する必要があり、単に無権利者であることを知っているのみで、そのことを容易かつ確実に証明しうる証拠方法の存在がはっきりしない場合、手形債務者は右請求を拒絶すると、第三者である真の権利者のため勝訴の見込みのない右所持人との間の訴訟に引き込まれ、その結果敗訴し、訴訟費用や利息ないし損害金を負担させられることになる。また、前記のように解しないと、手形債務者がその負担を免がれるために右所持人に支払った後に真の権利者から手形金の請求を受けた場合には、所持人が無権利者であることを容易かつ確実に証明しうる証拠方法の存在について悪意、重過失のないことを証明できない限り、その請求も拒みえないことになり、手形債務者を不当に過酷な立場に置くばかりか、ひいては手形取引における迅速円滑の要請を損うことになるからである(なお、民法四七〇条参照)。

それ故、裏書の連続する手形の所持人に対する手形金支払につき免責の効果を否定する者は、所持人が無権利者であることのみならず右悪意・重過失を主張立証しなければならないと解するのが相当である。

本件においては、訴外会社(本件手形振出人)の手形金支払につき右にいう悪意・重過失が存在したことについては被控訴人から何らの主張がない。もっとも被控訴人は控訴人に対し本件訴えを提起するに際し、訴外会社をも共同被告として訴えを提起し、同一訴状をもって本件手形の権利者は被控訴人であり控訴人は無権利者であると主張し、右の訴状が昭和五二年一一月一五日訴外会社に送達されたことは記録上明らかである。また、《証拠省略》によると、前記神戸地方裁判所尼崎支部昭和五三年(ワ)第一四二号約束手形金請求事件において、訴外会社は本件訴訟における被控訴人の主張と同旨の主張をして控訴人が無権利者であると争い、第一審においては前記の本件手形金の支払後に訴外会社勝訴の判決がなされたが、その控訴審である当庁昭和五五年(ネ)第二一二六号約束手形金請求控訴事件において右主張が容れられず、昭和五六年六月九日に訴外会社が控訴人に本件手形金の支払をするべきことを命ずる同会社敗訴の判決が言渡され、この判決は確定したことが認められる。しかし、これらの事実によっては訴外会社が控訴人に対し前記本件手形金の支払をした際に、同会社に手形法四〇条三項にいう悪意・重過失が存在したことを認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

してみると、前記自白したとみなされる事実によると、訴外会社は満期後に裏書の連続する本件手形を所持する控訴人に対し本件手形金を支払ったのであって、右支払に際し同会社に前記の悪意・重過失が存在したことについては主張立証がないのであるから、仮に被控訴人が本件手形上の権利を有していたとしても、この権利は手形法七七条一項三号により準用される同法四〇条三項により消滅したことが明らかである。

よって、被控訴人が本件手形上の権利を有することを前提とする本訴請求は、その余の判断をするまでもなくいずれも理由がない。

二  そうすると、原判決は不当であるので取り消し、被控訴人の本訴請求をいずれも棄却し、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山忍 裁判官 河田貢 松尾政行)

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